目黒学院

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目黒学院の紹介

目黒学院の紹介

概要・沿革

目黒学院の概要

■学校法人目黒学院
〒153-8631  東京都目黒区中目黒1-1-50
電話:03-3711-6556

学校創立 昭和15年(1940年)
初代理事長 関口安五郎(昭和15年~昭和20年)
2代目理事長 関口敏郎(昭和20年~平成13年)
3代目理事長 関口隆司(平成13年~ )

■学則
本校は、教育基本法及び学校教育法の定めるところにより、心身共に健康な、自由で責任感に富み、広く世界の文運に寄与する人物を育成することを目的とする。(学則第一章総則第一条)

■ 校訓
「明朗・勤勉・礼節」

■教育目標
「明朗・勤勉・礼節」を校訓とし、「知育・徳育・体育」を三位一体とした調和のとれた教育を行い、自主的・積極的に学ぶ心と、生徒一人一人の個性を育む。肉体的・精神的に成長期にある生徒を、自らの意志と力で、将来を考え、自分で選んだ道を進むという強い精神力を身につけさせる。広い視野で物事を考えて判断し、責任ある行動がとれる人間育成をめざして二十一世紀に活躍しうる、社会を支える健全な青年を、育成することを目的とする。

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目黒学院の沿革

S15(1940).3.27 現在地に668坪を関口安五郎が購入
都認可の各種学校令に基づいてスタート
木造2階建校舎が新築完成(黄色)。建坪150. 929坪、延坪299. 342坪
10.9 東京機械工科学校の開校。創立者 関口安五郎
初代校長 関口安五郎(S15.10.9~20.7)
S17(1942).4 東京機械工科学校の学制を改め、財団法人目黒工業学校が文部省から許可された
第一本科(昼間部):国民学校(小学校)卒業者 5年制
第二本科(夜間部):高等小学校卒業者 4年制
S20(1945).3 目黒工業学校第1回卒業式
7.19 創立者 関口安五郎、急逝
7 関口敏郎 第2代理事長兼校長に就任
S22(1947).4 「教育基本法」「学校教育法」に基づいて学制改革が行われる
4 新制目黒中学校の誕生(今後3年間に限り)
S23(1948).4 学校法人目黒高等学校の発足(目黒工業学校の名称、組織を改めて再出発)
S28(1953).3 新制目黒中学校は最後の卒業生25名を送り出す
S38(1963).8 川崎市多摩区中野島に13,254㎡のグランド用地取得
S39(1964).4 川崎市中野島の総合グラウンドの近く、約50坪に陸上部の合宿所が新築
11 約1万坪のグラウンド開き(中野島グラウンド)
S43(1968). 林間施設用地として甲府市山宮町に5,742㎡の土地を取得
S46(1971).3 長野県東筑摩郡麻績村に「ひじり山荘」を完成。収容人数80名
S47(1972).3 第24回卒業生をもって、定時制の歴史は幕を閉じる
S48(1973).10 第3代校長 若水昌人が就任(S48.10~S54.3)
S54(1979).4 第4代校長 小山教孝が就任(S54.4~56.9)
S55(1980).5 甲府市山宮に富桐閣が新設
9 第2グラウンドの敷地1252.21㎡を取得する 翌年第2グラウンド完成
S56(1981).10 第5代校長 山崎琢磨が就任(S56.10~61.3)
S60(1985).4 第6代校長 山本信顕が就任(S61.4~H2.3)
H2(1990) .4 第7代校長 須藤亘啓が就任
H7(1995) .4 学校法人目黒学院に改称
目黒学院中学校創立(初代中学校長に須藤亘啓が就任)
H10(1998).4 目黒高等学校が目黒学院高等学校に改称
H13(2001).3 目黒学院高等学校機械科、最後の卒業生を出し、普通科のみの高等学校となる
5 第三代理事長に関口隆司が就任
H14(2002).4 中学校長に飯野泰男が就任
高等学校校長に関口隆司が就任
H18(2006).4 中学校長に関口隆司が就任
H23(2011).4 中学校・高等学校、同時に共学化する
H26(2014).4 初めての女子卒業生を出す

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